皆さんはオーケストラと聞くと何を思い浮かべますか?通常はバイオリンやコントラバスをはじめとした弦楽器があり、それに加えてトランペットのような金管楽器、フルートなどの木管楽器、さらには打楽器等が組み合わさって生み出される「音」を聴衆が楽しむというのが一般的な解釈だと思います。そんなの当たり前でしょって感じですよね(笑)
しかし、クラシック音楽の世界には演奏者が誰一人として演奏をしない『4分33秒』という終始「無音」の曲が存在します。今回はそんな世にも珍しい曲について紹介していきます。
誰も演奏をしない曲とは
『4分33秒』はアメリカ出身の音楽家ジョン・ケージによって1952年に作曲されました。
曲の構成は第1楽章30秒、第2楽章2分23秒、第3楽章1分40秒の合計4分33秒です。その間、演奏者はずっと指揮者を見て沈黙したまま手を動かしません。そもそも楽譜に音符の記載がないのです。聴衆は、指揮者が指揮棒を振っている様子を見ながら、ただそこに流れる楽器以外の音(咳払いなどの聴衆自身から出る音や空調の音等)を聴くことになります。
作曲に至ったきっかけ
ケージは1940年代から沈黙に美学を感じており、その後の無響室での体験と、とある絵画作品との出会いがきっかけで作曲に至ったといわれています。
無響室での体験
ケージにとっての沈黙とは、単なる無音状態ではなく、意図せず発せられた音響が存在する状態を意味していたようです。例えば、今あなたが部屋の中で一言も喋らずに黙っていたとしても、空調の音など、何かしらの音が聞こえていると思います。これがケージにとっての沈黙です。
では、彼は何をきっかけにこの沈黙を発見したのでしょうか。
ケージは1951年に無音を体験するためにハーバード大学の無響室を訪れました。しかし、ケージはそこで自分が意図せずに発していた2つの音(神経系の音と血液の循環する音)を聞きます。何も聞こえないはずだった無響室で自身の体内の音を聴いた経験から、この世に完全な沈黙は存在しないことを悟ったそうです。
とある絵画作品との出会い
4分33秒を作曲する主な要因となった出来事として『ホワイト・ペインティング』との出会いもあげられます。
ホワイト・ペインティングは当時ロバート・ラウシェンバーグという画家によって制作されていた作品群です。その作品はキャンバスに白いペンキだけを塗った真っ白な絵画で、部屋の照明や埃、微妙な凹凸などによって変化するキャンバス表面の表情そのものを作品としていました。
そこでインスピレーションを得たケージは、無音を空白のキャンバスとして使い、毎回の演奏中に発生する環境音の変化をそこに反映させようとしたのです。
曲の評価
このような経緯で生まれた4分33秒ですが、現代の音楽界では非常に高い評価を受けています。
その理由は大きく分けて3つあるでしょう。
まず、この作品が、音楽に対する伝統的な概念に挑戦するものであるからです。従来の音楽の概念では、音楽とは音を演奏することであるとされてきました。様々な楽器を用いて「楽器によって生まれた音」で曲を構成することが当たり前だったのです。
しかし、この作品では演奏をせず、静寂を音楽として扱います。ケージは、そこにある音そのものが音楽になりうるといった全く新しい概念や価値観を提唱し、このような発想は、今まであった音楽の世界を拡張し、音楽の概念を再考する契機となりました。
また、この作品は聴衆の役割を重視するものであるという点も評価されます。作品を聴くことによって、聴衆は自己の感覚や思考に向き合うことを要求されます。聴衆自身が音楽の中で何を感じ、何を考えるかを自己判断することが求められるため、聴衆によって異なる解釈が生まれます。
さらに、この作品は芸術におけるコンセプトやアイデアの重要性を強調するものであるという点も評価されます。作品の形式そのものが、作者の意図や概念を表現するものとなっているため、芸術作品においてコンセプトやアイデアが作品の重要な要素であることを示唆しています。
これらの点から、ジョン・ケージの作品「4分33秒」は、音楽や芸術に対する新たな視点を提示し、芸術におけるコンセプトやアイデアの重要性を強調する作品として高く評価されているのです。
まとめ
音楽界に全く新しい概念を生み出したジョン・ケージ。そして「4分33秒」は既製の音楽に挑戦した名曲といえるでしょう。一回演奏を聴いただけでこの曲の本質を理解することは非常に困難ですが、この曲をきっかけに様々な音楽に触れてみるのも面白いかもしれませんね。